チャレンジする組織・社員のストーリー WingArc1stのカルチャー

大阪から東京のメンバーをマネジメント。社会の変化に合わせたマネージャーからはじめる働き方改革

2020年、新型コロナウイルスの影響で働き方が大きく変わった。ウイングアーク1stにおいてもリモートワーク主体に移行した。そのような状況のなか、メンバーを束ねる立場にあるマネージャー職の働き方や意識はどのように変わっただろうか。社会の変革期におけるマネージャーという立場の在り方について、Data Empowerment事業部 ソリューション統括部 副統括部長の山本宏樹に話を聞いた。
12-01.png

フィールドエンジニアからサービス部門のマネージャーに

山本が所属するData Empowerment事業部 ソリューション統括部は、ウイングアーク1stが提供する製品やサービスについて、エンドユーザーが使うための仕組みやシステムを作るという、SIer的な立ち位置の部署だ。そこには、自社製品やサービスから新しい製品・サービスを生み出していくというミッションも含まれている。開発と営業が一緒になったようなイメージだという。

基本的にはSE系部門だが、ウイングアーク1st内のSE系部門では唯一売り上げの予算責任があるというのも特徴的だ。

山本は、ウイングアーク1stの前身である翼システムに第2新卒として17年前に入社。関西出身であり、配属も大阪オフィスとなった。入社当時はテクニカルサポートを担当。システム導入先でトラブルが発生した場合に現地にかけつけて解決をするという、フィールドエンジニアだった。

山本「僕は何度かジョブローテーションを経験しています。入社当初はテクニカルサポートを担当していましたが、当時の大阪オフィスは営業とテクニカルサポートの2部署しかなく、スタッフも数人という感じでした。営業と一緒に行動する経験も多かったこともあり、プリセールスという職種ができてからは、4年程プリセールスを担当していました」

その後、会社の方針でサービス部門を立ち上げることになったため、システム構築の経験を積むためインテグレーションサービスの部門に移動。翼システム時代から帳票システムをメインにしてきたが、2017年に帳票系とBI系のSE部門が統合されたタイミングで、その部門を統括する部長職となり、大阪から単身赴任という形で東京に籍を移した。

ウォーターフォール的な考え方から、アジャイル的な考え方に意識を変えた

帳票系システムの技術者だった山本は、マネージャーになるときに少なからず葛藤があったという。

山本「大阪時代からグループを管理するマネージャーとして仕事をさせてもらっていたこともあって、いつかは部門を管理するマネージャーを目指す思いはありました。ただ、人の管理がメインとなる管理者にはなりたくないという気持ちもあって(笑)。ずっとプレイングマネージャーとしてやっていた時期がありました」

マネージャー職についたばかりの頃、山本には理想のマネージャー像があった。それは「メンバーに対して常に正しい答えを導けるマネージャー」だ。

山本「15年も自社製品を触っていると新しい製品から古い製品まで社内でも詳しい立場になってしまうんですね。なので、自分が先陣を切って課題を解決してリーダーシップを取るというのが、当時の理想のマネージャー像でした」

しかしその考え方も次第に薄れていった。そのきっかけが、2017年に帳票系とBI系のSE部門が統合されたタイミングだ。それまで長年関わってきた帳票系のことならば、社内で誰にも負けないほど詳しいという自負があったが、 BI製品について圧倒的に経験も知識も不足していることを痛感したのだ。以来、「メンバーに正しい答えを示すよりも、メンバーと一緒に正しい答えを伴走して考えるほうがよいのではないか」と、自分の部署にいるメンバーを活かすスタイルにスイッチ。社会人としての常識的なことや、ウイングアーク1stの理念などを伝えることはもちろん行っているが、技術的なことに関してはメンバーの意見を聞くスタンスにしているという。

12-02.png

現在のポジションになってからは、帳票系とBI系の違いに戸惑いも感じたという。

帳票のような基幹システムのプロジェクトは、計画を立て、それに沿って確実に仕事をすすめるウォーターフォール型のプロジェクトが多い。一方でBIサービスのプロジェクトは、取引先が情報システム部門ではない、いわゆる事業部門がメインのため、プロジェクトを進めながら顧客自身もやりたい事がイメージできてくることも多く、期待値が高くなりやすい傾向にある。作り上げることよりも、使いつづけることを一番に考えて進めなければいけない。

山本「現職に就いたときはその違いがわからなかったんです。そのため、BI系の現場に帳票系の“ちゃんとやろうよ”という文化を持ち込んでしまい、あいつは全然わかってないと思われていた時期があったんですよ」

 BIのシステムでは顧客自身が正解値を持っていないことも多く、顧客の求めること・業務での目的を一緒に考えること。その難しさに、改めて気付いた山本だが、徐々にそのマインドを受け入れ、現在のマネージングスタイルになったという。

山本「本社に来るまでは、上の人に指示されたことを忠実にやるというのが良い仕事だと考えていました。教えてもらったことしか下の人に伝えられない感じだったんです。でも、東京に出てきてからは同僚や部門のメンバーからいろいろ学ばせてもらいながら、自分の考えを変化させていきました。なので、東京に来て今のメンバーに出会えたのはすごくよかったなと思います」

単身赴任をやめ大阪へUターン 

ウイングアーク1stは、かなり早い段階から働き方に関しては臨機応変なスタンスをとっていた。必要に応じてリモートワークを取り入れたり、男性の育休制度などもある。

更に、2020年2月からは完全にリモートワークへ移行。大半の社員はリモートワークに対応していたものの、山本は当初マネジメントのやり方に苦慮したという。

山本「僕らの部署は、顧客を訪問してシステムの開発や導入をするということも多いため、オンラインだけで業務を完結するのは難しいんです。リモートワークになってからも、メンバーは必要があれば先方に訪問していました」

特に緊急事態宣言の中で一番困ったのが、メンバーがどこに行っているのかが把握できないこと。そこで、部署内のメンバーが今日どこに行っていたのかということを可視化できるシステムを作成した。その結果、数人のメンバーが、出社や顧客訪問をせざるを得ない環境にあったことが見えてきた。そこで山本は、一人ひとりにヒアリングをしていく。

12-03.png

山本「外出の理由にはさまざまなものがありました。そこでひとつひとつ調整しました。契約上訪問しなければならないというのならば、お客様と調整をしたり。基礎疾患があるメンバーがいないか確認をしたり。当時手に入りにくかったマスクなどを総務部に調整し配布するなど、不安要素をひとつずつ潰していきました」

このとき山本は、「行くな」と指示するのではなく、「行かなければならないメンバーをいかに守るか」という考え方で行動していたという。マネージャーとしての苦労が忍ばれる。

また、山本も大きく働き方を変えた。単身赴任をやめ大阪に戻ったのだ。現在は大阪からメンバーたちと連絡を取り合って業務を進めている。

山本「今の状況では、ほとんどの場合Zoomを使うわけです。ならば僕が東京にいても大阪にいてもメンバーから見たらあまり距離は関係ないと思っています。実際、部長職の人間が積極的に新しい働き方を実践したほうがメンバーも当社が考える新しい働き方を実践しやすいと思います。」

リモートワークになってから、山本はメンバーそれぞれの健康管理などにも気を配りつつ、人間関係の構築についても配慮を心がけているという。特に新入社員が他部署の社員と交流が持てないことを気に掛けていた。

山本 「部署横断のプロジェクトなどは、極力若手のメンバーで構成するようにしています。そうすることで、他部署の人たちに若いメンバーのことを知ってもらえますし」

若手を引き上げていくのがおもしろい 

山本は、マネージャーとして今後どのようなビジョンを描いているのだろうか。

山本「ウイングアーク1stには多くの製品やサービスがあるので、それらを組み合わせて新たな価値を作るようなサービスを提供する部隊を作っていくということが僕のミッションなのかなと思っています」

また、常に下の世代の育成についても考えている。「積極的に若い人をマネージャー職などに登用して、僕たちの次の世代の新しい未来を作ってもらいたい」と山本は語る。

山本「若手を上に引き上げるのはやっていておもしろいなと思います。やはり、覚悟を持って仕事をする人は引き上げたくなりますね。引き受けた仕事は最後まで責任を持ってやる。結果がどうであれ、覚悟を持つというのは大事だと思います。」

山本はもちろんのこと、背中を押され成長していく若手がどのような活躍をみせてくれるのか、今後が楽しみだ。

(2020.12)